安定とは立つ場所ではなく、立ち方である

私は講演などで、さかんに自立することの大切さを説いています。一人ひとりにおいても国家においても、「自立」こそが最も大切な要素だと思うからです。
では、「自立する」とはどういうことでしょうか。私は以前、自著で次のように書いています。

いかに、自分の足で立っているか? 
自分の足で立っていなければ、安定を望むべくもない。
どんなに大きな組織の中にいようと、周囲に翻弄されて立っているのならば安定しない。
固い地盤でも、自らの足がふらついているかぎり安定はしないのだ。
ぬかるんだ地盤でも、鍛えられた足腰でしっかり立てば安定する。
小さな組織、あるいはたった一人であったとしても、自分の足で踏ん張ることで、安定していくことができる。
安定とは、立つ場所ではなく、立ち方なのだと思う。

この文章を書いたのは8年前ですが、今でもこの考えに変わりはありません。それどころか、確信として深まるばかりです。
現在直面している我が国の課題は、ほとんどが自立心の欠如によるものと言って過言ではないでしょう。多くの人が自分の安定を自らで確立するのではなく、社会に求めてきた結果、社会の至るところで大きな歪みが生じています。
あらためて言うまでもないことですが、「社会」という万能の何者かが存在するはずはありません。
社会とは、私たち一人ひとりの集合体です。換言すれば、自分たちの集合体に過ぎないものに多くの人が依存しているのです。いわば、タコが自らの足を食べているようなものです。それだけにとどまらず、自分たちの子どもや孫の世代にさまざまな問題やツケを回してでも社会に依存しようとする様は、本来の日本人のあり方とはほど遠いような気がします。

家庭でも学校でも、「大企業や役所に入って庇護を受けること」を奨励しています。就職指導の教師は、生徒たちに「ボーナスはいくらもらえるのか、休みはどれくらいあるのかをきちんと訊きなさい」などと指導しているとも聞きました。以前より今の方がはるかに起業しやすい環境が整えられていますが、今、若者の起業は激減しています。なぜなら、自分で責任を負って起業するよりも、会社などの組織に庇護されている方が安心だと考えているからです。また、政治家は、国民の依存心を助長するような政策ばかりを打ち出しています。「自分でするべきだ」と言って国民に嫌われるよりも、「行政がしてあげる」と言ってサービスを振りまく方が国民から歓迎されるからです。
かくして、日本の至るところで社会から庇護されることを望む人が増えてしまいました。ギリシャよりはるかに財政が悪化していることの背景には、そのようなことがあると考えてまちがいはないでしょう。

「国が君に何をしてくれるかではなく、君が国のために何ができるのかを考えるべきだ」というケネディの言葉ほど現代の日本に当てはまる言葉はありません。
福祉政策も経済政策も農業政策も、そして教育のあり方もその目指す価値は、自立する人を一人でも増やしていくことに置くべきです。一人ひとりの自立こそが、国を建て直していくことになるのです。

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